おぎじぃ式命名

「読めない」の一言で、名前も人も決めてしまう前に

~「読めない」の一言で、名前も人も断罪しないために

たとえば、こんな場面

学校のプリントを見た誰かが、悪気なく言う

「え、これ……なんて読むの?」
「読めないんだけど」

その場は、笑って流れる
でも、本人だけは分かる

空気が一瞬、止まったこと

笑いながら、心の中で思う

「またか…」

わざとじゃない
責めたいわけじゃない
ただ...その「またか」が、しんどい...

そして「そのあと」がつらい

「変わってるね」
「珍しいね」
「どういう意味?」

どれも悪意はない
だからこそ、逃げ場がない

名前じゃなく、自分が説明書みたいになっていく

笑って、答えて、場を整えて
でも気づく

本当は、名前の話じゃない
自分の居場所が、少しずつ削れていく話だ

名前を見た瞬間
私たちは、思っている以上に早く判断しています

  • 読めるか
  • 読めないか

...たった、それだけで

そしてその判断は、ときどき残酷です

「読めない!」
その一言が、名前の全部を決めてしまう
名前だけじゃない。 その人の人生が、軽く扱われてしまうことさえある

「読めない」が、心に刺さる理由

名前を考えていると、ふと不安がよぎりませんか

  • 「読めないって思われたらどうしよう」
  • 「キラキラネームって言われないかな」
  • 「説明が必要な名前は、やっぱり良くないのかな」

そして、その不安のいちばん奥には、こういう願いがあります

「この子が、傷つかないで生きてほしい」

もしそれが、あなたの子どもだったら...
と考えるだけで、胸が痛い

名前は、ただの文字じゃありません
呼ばれるたびに、人生の輪郭をつくっていくものです

名前を使う側

その名前で生きてきた人の中には、

  • 何度も読み間違えられた
  • そのたびに説明を求められた
  • 「変わった名前だね」と言われ続けた

そんな経験で、知らないうちに心がすり減ってきた人がいます

そして一番つらいのは、これです

悪気がない「読めない」が、ずっと刺さり続けること

「悪気はないから」
「そんなに気にしなくていいよ」
そう言われるほど、言えなくなる

でも、本当は。 気にしてしまうほど、何度も同じところを刺されてきたんです

でも、本当に悪かったのは「名前」なのか?

ここで、いったん立ち止まって考えてみてほしい

それは本当に、
「名前が悪かった」のでしょうか

もし、あなたが今ここで迷っているなら
悩んでいるなら
それだけで、もう十分やさしい

あなたは、軽い気持ちで名前をつけようとしていない

日本の名前は、そもそも「読めない」が起きやすい構造

日本の名前には、もともと特徴があります

同じ漢字でも、読み方がひとつじゃない

つまり、

読めなかった
=間違った名前

じゃなくて、

知らなかっただけ

というケースが、圧倒的に多い

それなのに私たちは、つい言ってしまう

  • 「非常識」
  • 「おかしい」
  • 「やめたほうがいい」

たった一度「読めなかった」だけで、
名前全体を断罪してしまう

ここで、人は無意識に「線を引いてしまう」ことがあります

知らないまま、
誰かを傷つけてしまう余地が生まれてしまう

STEPゼロは、その「速すぎる判断」にブレーキをかける場所

STEPゼロの存在理由は、シンプルです

「読めない!」と決めつける前に、いったん保留する。

これを、言葉じゃなく 体験としてやってもらうためにあります

STEPゼロでやっていること

STEPゼロでは、

  • 読みから
  • 漢字から
  • 呼び名から

名前を「つくる」体験ができます

ここで一番重要なのは、これです

いきなり評価をしない。

STEPゼロは、
「いい名前か?悪い名前か?」を決める場所じゃありません

そして、もうひとつ

「読めない風」に見える名前でも、読みの筋道が通る形で組み立てます

つまりSTEPゼロは、 「読めない」を「説明できる」に変える場所です

だからこそ、まず起きてほしいのは、この気づきです

「あ、こういう読み方ができるんだ」

「読めなかったのは、自分が知らなかっただけかもしれない」

この瞬間、人の見方が変わります

正解か不正解か ではなく、

理解できた!知らなかった!

という軸へ

読めない名前を「肯定する場所」ではない

ここ、誤解してほしくないので、ハッキリ言います

STEPゼロは、
「読めない名前を無条件に肯定する場所」ではありません

そうじゃなくて

「読めない」の一言で、名前や人を断罪しない視点を育てる場所です

読めなかったこと
すぐ理解できなかったこと

それ自体は、誰の罪でもありません

問題になるのは、
その瞬間に、すべてを決めつけてしまうこと

STEPゼロは、その判断を一回、止める場所です

フィルターを外してから、STEP1へ

「読めない」というフィルターが外れた状態で、次に進む
それがSTEP1です。

STEP1で見るのは、意味じゃありません

  • 名前の雰囲気
  • 立ち上がってくる空気感
  • なぜ「しっくりくる/こない」と感じるのか

ここで初めて、

「たしかに、こういう雰囲気の名前だよね」

と、感覚として腹落ちする理解が生まれます

この納得は、断罪からは生まれない

理解を経たときにしか、生まれないものです

STEPゼロは、誰のための場所か

STEPゼロは、

  • 名前を付ける人の不安を和らげ
  • 名前を使ってきた人の痛みを否定せず
  • 名前を見る側の視点を、やさしく整える

そのための場所です

名前を選ぶことは、正解探しじゃありません

人の人生に触れる行為だからこそ、 判断の順番が、とても大切なんです

だから、STEPゼロから始める

STEPゼロは、名前をつくる入口であると同時に、

名前を見る目を、少しだけやさしくする装置です

読めないから、ダメ
じゃなくて

知らなかっただけかもしれない その上で、どう感じるか

その順番を取り戻すために、
私はSTEPゼロから始めています

あなたは悪くない
読めなかった人も、悪くない
そして

その名前も、あなたの子どもも、悪くない

だから、決めつけない順番を選ぼう

まずはSTEPゼロで、
「読めない」の前に一度、つくってみてください

その体験だけで、
あなたの中の景色が、少し変わるはずです